
道を歩いていると、三菱のワゴンが止まっていて荷物を積み込んでいたので、つい声をかけそうになった。『あの〜その車、三菱ですが大丈夫ですか?』
ブランドイメージの失墜という次元でなく、本当に危ないのではという感覚。三菱ふそうトラックバスなどのホームページには、NEWSとして次々に明らかになる事実の釈明記事が掲載されている。
もともとは三菱系の会社にいた経験からすると、岩崎家の三菱三綱領「所期奉公、諸事光明、立業貿易」を基本とする企業理念のしっかりした企業グループという認識があったが、今の現実を見ると全くその片鱗も見えない。残念である。
「…競争に熱中し、数字を上げるために、手段や方法を選ばないというようなことが…あってはならない。…われわれは常に社会正義とは何かということを念頭において行動しなければならない。不正には正義を、権謀には正直をもって、われわれは行動すべきである…」(大正9年、三菱商事株式会社場所長会議におけるスピーチ)。
コンプライアンスという切り口で各社のホームページを見てみる。
企業が不祥事に対応して倫理面の教育を実施したり、誓約書を書かせたり。また監査機能の充実や有識者による委員会を作ったり。また懲罰の開示をしたり。
しかしなにより大事なのはトップのコミットメント。子供は親の背中を見て育つ。創業社長の率いるビジョナリーカンパニーでは、そうした点からはモラル面のレベルは高い。もちろん外れも多々あるが。
晩節を汚すという言葉があるように、批判を受け入れる仕組みがなければ、やはりそんな創業精神も忘れ凋落する可能性もある。
監査役もそうした批判を受け入れるための装置のひとつではある。
しかし現実には任命者が誰かと言う点と、本人の資質の点からは実質上機能しない場合が少なくない。部長にしてもらったというケースと何等意識面でお互い変わらなかったら推して知るべしである。
そうは言いながら株主代表訴訟の仕組みが監査役を単なる閑散役にしない装置として機能していることも事実。こうしたステークホルダーの存在は大きい。
木村剛氏はこうした監査役の役割について注目して発言している。
それでも不祥事はなくならない。企業防衛という名の煙幕。情報隠蔽も企業防衛だと堅く信じる人々。心の中には別の自分もいるが『これは会社のためだ』と囁く自分が別の自分を葬り去る。
監査役は事後の牽制機能の働きはするが、隠蔽行為の未然防止機能があるわけではない。
企業不祥事の長期隠蔽の摘発にはその責務もあるし期待もかかっているが、本質的な解決のためには限界がある。
重ねて言うが企業防衛の思想に対する誤解が結局企業を破綻に導くという現実を直視し、何をすべきかの答えを導びきださなくてはならない。また我々は誰に対して誠実でなければならないかにも思いを致す必要がある。
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