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金曜日, 4月 30, 2004

立教学院発祥の地

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築地の聖路加看護大学構内にある同碑。昔築地に住んでいたという近所の老人から立教大学が近くにあったという話を思いだした。

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佃大橋から

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ヒミコを待っていると、遊覧船や屋形船が頻繁に行き交う。

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ハウステンボス再建なるか

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わが国のテーマパークの多くが既に経営破綻し、会社更生法や民事再生法の適用申請をし事実上の倒産をしている。多額の設備投資をしたテーマパークに多くの観光客をリピーターとして常に引きつけて採算ラインを維持していくビジネスモデルは、TDLのケースをのぞき、ほとんど破綻している。
 「ハウステンボス」も例外ではない。隣接する分譲地も含めて開園当時はビジネス情報誌等でも盛んにもてはやされたことは記憶に新しい。
西日本新聞によると、

光武顕佐世保市長が4月23日の同市議会全員協議会で、会社更生手続き中の「ハウステンボス」とその関連会社が佐世保市に対して滞納している、固定資産税など20億1800万円に関する滞納延滞金約4億円を免除する方針を示した模様である。(滞納固定資産税は7月30日までに弁済予定)

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木曜日, 4月 29, 2004

集団安全保障論議

イラク問題をめぐって議論されている集団安全保障とは何であろうか。
一般的に集団安全保障とは、敵対する国も含めて多数の国家が武力の不行使を約束して、もし違反の国があれば、残りの全ての国がその違反国に対して共同で制裁を加えて、被害国を守る制度のことをいう。
そして集団安全保障による世界の平和維持を大きな目的として設立された国際連合は、憲章の第2条4項において武力不行使原則を定めており、もしある国がこの義務に違反した場合には、安保理事会は多数決(常任理事国の同意投票を含む15理事国中9カ国の賛成が必要)により、その事態が「平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為」のいずれにあたるかを決定し、必要な勧告をしたり、非軍事的措置あるいは軍事的措置をとることを決定する。この決定は、国連加盟国を拘束することになる。

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ハワイアンフラ

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日没と共にフラダンスのショーがワイキキビーチの特設ステージで始まる。食事の前に散歩がてら見に行こう。

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Sunset(ワイキキビーチ)

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一日たっぷり遊んでワイキキビーチに戻ってくると陽が沈もうとしていた。

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お魚と一緒に泳ぎたい(ハナウマベイ)

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ハワイ語で「曲がった」という意味の名をもつ珊瑚礁のきれいなハナウマベイは、環境保護区でビーチパークではない。入口で入場料3ドルを支払い、環境保護のためのフィルムを見てからビーチに降りることになる。人を恐れない魚たちが手乗り文鳥のようにまとわりつくことも。

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仮想ハナウマ湾に到着

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22番バスに乗ってハナウマ湾に。泳いでいると、透き通った水中をミレットシードバタフライフィッシュやたくさんの魚がどんどん追い越していく。

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GWは自宅ハワイにひきこもり

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お金もないのでとりあえず自宅で・・・。

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カメハメハ大王様

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木村剛のゴーログの『かめはめ波』の意味がやっと判明。ドラゴンボールに出てくる亀仙人が編み出した技でもカメハメハ大王でもなく、『有名人ブログに対してトラックバックした一般のブログに対して、有名人がトラックバックすること』だそうだ。そんなこととはつゆ知らず、カメハメハ大王を調べるはめになり、余計な手間をかけてしまった。
そうワイキキのアロハタワーからベレタニア通りに向かう途中の、アリ・イオラニ裁判所の前でイオラニ宮殿を見守って立っているカメハメハ大王様。1795年から1819年まで在位した彼は体力・知力もあり、武術にたけ、かつ英語が堪能で外交能力にも長けていたので、植民地化の野心をもった諸外国人にも一目をおかれ存命中は手出しをされなかったそうである。その後8代100年続いた王朝は、7代カラカウア王の妹のリリウオカラニ女王の時に王権の強化をうたった新憲法を無理矢理に施行したため、実業家達の反感を買い、女王がイオラニ宮殿に幽閉されてしまったため1893年についに終焉してしまったとのこと。
毎年、6月11日のカメハメハ・デーになると、大王様にはカラフルなレイが幾重にもかけられ、盛大なイベントが開催されるらしい。是非またこのときに見に行きたい。

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水曜日, 4月 28, 2004

戦争を知らない世代にとっての『戦争』

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『戦争が終わって 僕等は生れた、戦争を知らずに 僕等は育った』ではじまる北山修作詞・杉田二郎作曲の 「戦争を知らない子供たち」が生まれたのは今から33年前の1971年のこと。当時はまだ戦争を知っている多くの世代がいたが、現在は60代以上がかろうじてその記憶を残しているに過ぎない。
祖父は60年前の真珠湾攻撃に海軍軍人として参加したはずだが、亡くなるまでその事実を詳しくは語らなかった。
自分には当然戦争の記憶はない。ただ戦後の占領下の街の風景は鮮明に残っている。同級生の住んでいた川の対岸のみすぼらしいバラック小屋群、空襲で破壊されたまま廃墟となった多くの家屋群、小高い丘の上にある無人の洋館、占領地区内の山の上から眺めた日本家屋と米軍住宅の敷地のコントラストなど・・・。
 1941年12月7日の真珠湾攻撃で沈んだ米艦隊の主力戦艦17隻のひとつである戦艦アリゾナ号の上に建てられたアリゾナメモリアルには、多くのアメリカ人を中心とした観光客が訪れるが、日本人ツアーのコースにあまり入っていないのか訪問したとき見かけた日本人はごくわずかだった。
この攻撃の際の戦死・行方不明者は合計2,402名で、うち1,177名がアリゾナの乗組員。かつ1,102名の霊は今も艦とともに海底に眠っているそうである。
長崎の国立原爆死没者追悼平和祈念館を、その後訪問したが、アメリカ人をはじめ世界の人に一度で良いから見てほしいと実感した。
戦争の真実を肌身で感じることの大切さを改めて認識すべきかもしれない。


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デット・エクイティ・スワップとは 【倒産WEB】

企業再建の手法の一つとして注目され、また実際に我が国でも利用されつつある制度としてデットエクイティスワップがある。このデットエクイティスワップ(Debt Equity Swap)とは、会社の過大な借入金を再建に向けて解消するために、債権者の協力を得て、一種の現物出資の形で借入金を株式に転換してしまう制度であり、単純な債権放棄要請ではなく返済や金利負担の減少を行う有効なスキームとして利用されている。
 

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日曜日, 4月 25, 2004

富裕層なんているの?

最近、新聞を見ていると、一頃なりを潜めていた広告が蘇ってきたことがわかる。都心に近い投資型分譲マンション、会員制リゾート施設、豪華旅行など・・・。景気回復を受けて投資、消費を控えていた人々が再びこうした市場に戻ってきたのだろうか。
少なくとも自分にとっては、以前も今もあまり縁のない世界である。日照りで涸れかけている貯水池のような我が家では、このわずかな水を『湯水のごとく』消費する家族がいる。とても富裕層ではない。そしていずれ富裕層になる兆候もない。とはいうもののテレビで休日に放送される露天風呂のある豪華旅館シリーズは必ず見ている。
富裕層にはならないものの、子供が自立するにしたがって、確実に時間と金の使い方は富裕層的な傾向を帯びてくる。『ささやかな贅沢』というものである。

子育てを完全に終えて、公的年金をそこそこ手にすることもできる「団塊の世代」は、税負担が増える一方の若者層からみれば、「逃げ切り世代」と言えるかもしれない。もっとも、カネは天下の回りもの。この世代が本当の意味で、おカネと時間をもっている富裕層の仲間入りを果たせば、その消費パワーは日本経済を大々的に活性化する可能性もある。木村剛ログ

残念ながら「団塊の世代」直下の世代に属しているので、いま様々な社会制度の変化の波を受けている。景気回復の期待はあるものの将来に対する生活不安はなくならない。右肩下がりのまま10年以上の年月が過ぎ、デフレ環境が当然のようになったときに、バブル的なバラ色ビジネス論を展開されている同氏の論調には共鳴できない。
もっとも、きっといるであろう富裕層の人々にとってはこの論は当然の主張かもしれないが・・・。
そう言いつつ、何故かまた氏の最新本「借り手のための金融戦略」(光文社ペーパーバック4/30初版)を買ってしまった。

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北朝鮮列車爆発事故の真実は

朝鮮中央通信による列車爆発事故の報道は、国際的に緊張関係にある同国で起きた大事故をある意味で正直に報道したことで我々を驚かせた。

4月22日、平安(ピョンアン)北道・龍川駅で硝酸アンモニウム肥料を積載した貨車と石油タンク列車を入れ替える(古い部分を取り外し、新しいものに替える)作業をしていたところ、不注意により電線に接触、爆発事故が発生した。これまでの調査によれば、被害状況は極めて大きく、調査は引き続き行われている

北朝鮮がこれほど速やかに外部に公式発表したのは極めて異例のことで、事故の深刻性を物語っている。
またおそらくこの北朝鮮側の発表に呼応して国際的な救援活動が展開されることになろう。
ところで、姜哲煥が書いた「平壌の水槽」(ポプラ社刊)では、耀徳政治犯収容所に収監されていた10年間の壮絶な生活、圧政に対する憤り、そしてそれと同時にこの国で起きた事実がことごとく隠蔽されてきたことが象徴的に描かれていた。
人為的な大惨事が過去にもあったにもかかわらず、あまり公にされず、今回だけ正式な報道がされたのは、たまたま中国国境に近い龍川駅で起きたことによるものなのか。
拉致問題での事実に反する虚偽報告に見られるように、同国の発表する「事実」と本当の「真実」の間には常に大きな落差がある。
今回の事故がクーデターでないと言い切れるだろうか。機関車さえ予定通り走らすことのできないほどの燃料不足から、中国から借りた大量の貨車が返還されないまま朽ち果てているとも聞く。爆発を起こすほどの豊富な燃料があったのかと一瞬不思議に思った。
原因はどうあれ多くの罪もない人々が死傷したことは真実のようである。しかし収容所では口に石を詰められ公開銃殺された罪もない人々、生き残るために内緒でネズミを飼って餓死を逃れた人々も多くいたことを忘れてはならない。

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土曜日, 4月 24, 2004

蘇る記憶

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おそらく20年ぶりだろうか。ある研究会の合宿で静岡県のリゾート施設に行ってきた。今回、人間の記憶というものの不思議を痛感した。着くまでは初めて行く場所だと思いこんでいたが、施設内の風景を見て走馬燈のように記憶が甦った。そして思い出したくない記憶も・・・。別に追憶に耽るような記憶ではなく、リゾートに相応しくない馬鹿騒ぎをした記憶である。
そして10年ぶりくらいに参加した合宿研究会で、再会した昔のメンバーと酒を酌み交わすと、今度は相手から自分が忘れていた当時の思い出が語られ、途端にすっかり忘れていた記憶が一つのキーワードだけで瞬時に甦る。
それも思い出したくない記憶・・・。都内のある会館の屋上ビアホールで馬鹿騒ぎをした記憶。
忘れてしまっても別にどうということのない、たわいもない記憶なのに、まるで蔵の中の片隅にあった、恐らく一生あけることがないと思われた埃まみれの木箱を突然表に放り出し、玉手箱のように開けたような感じがした。
そして、その夜も痛飲した。
翌朝、二日酔いの気分で表に出ると、ひんやりとした外気が眠気と酔いを一瞬で吹き飛ばした。
こんな爽やかな朝は何年ぶりだろう。
おそらくまた何年かしたら、すっかり忘れていたこの日のことを思い出すかも知れない。

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金曜日, 4月 23, 2004

今日のヒミコ

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12時23分、弁当を食べているとふいに目の前に現れた。いつもより早すぎるぞ。
一旦弁当を脇に置いてPowershot S50を取り出し、ひたすらシャッターを切った。
『う~ん今ひとつ!』

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木曜日, 4月 22, 2004

政治家とインターネット

たまたまある地元の政治家(投票した議員)に、安全のための舗道確保のことで依頼事項があったことから、コンタクト手段としてホームページ上のメールを利用した。
これは一日の大半を会社で過ごすサラリーマンにとっては深夜でも利用できる有効な手段ともいえる。
しかし一ヶ月近くたったが音沙汰ない。
若手の意欲的な議員なので意外だった。
◎想像できるケース
①得体の知れないクレーマーと思われた。
②メールを出した人は過去にいなかったので来たことに気がついていない。
③意見が取るにたりない。
④言いたいことあったら直接言ってこい。
今は、どの理由かは判らない。ただはっきりしたことが一つある。
それは票が一票減ったことだけである。いやひょっとしたら家族票も・・・。
選挙以外のときの議員の動きをいかに伝えるか、また住民とのコミュニケーションをいかに取るかが重要だと思うのは私だけ?
今回の件は役所のホットラインにコンタクトして二年間音沙汰無し。再度トライして直ぐ返事あり。
なんと管轄外!ただし転送してもらって後日回答あり。数年来買収交渉難航の旨。
そこから管轄の議員の協力を期待した経緯。
3m位の車も通れる幅の歩道が突然なくなり、ラインの引かれた外側のわずか数センチの歩道を人が歩いたり、自転車が通行している。結局事故が多発し、通行時に恐怖を感じているが、政治家は選挙にならないと動かないものなの?

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水曜日, 4月 21, 2004

DIPファイナンスとは 【倒産Web】

DIPファイナンスという言葉を聞いたことがあるだろうか。これは政府の緊急経済対策の一環として、再建型の倒産処理の際の計画認可前までの融資制度として、2001年より政策的に政策投資銀行や商工中金などを中心に推進、導入されたものである。現在ではノンバンクも含めてこの名の下の融資制度が増えている。
ではなぜ横文字なのか。そもそもDIPファイナンスは、アメリカの連邦破産法11章(チャプターイレブン)という再建型倒産法制度の中で実際に行われている融資制度であり、DIPはDebtor In Possession(占有継続債務者)の略である。

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何か用事?

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いろいろ忙しいんだよ・・・。

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月曜日, 4月 19, 2004

イラク復興と自衛隊派遣

人道復興支援の名の下に派遣されている自衛隊。人質救出と自衛隊撤退は別問題と強調されたものの、この人質問題を通じて改めてクローズアップされた自衛隊派遣問題に関し、米国追従と批判される日本政府の姿勢には正当性はあるのか。
イラクの大量破壊兵器の隠蔽に対し、専守防衛を口実に武力行使の容認を求める米国は、武力行使に関する安保理決議案の承認を求める正式な外交交渉を途中で打ち切り、湾岸戦争当時の安保理決議678を根拠に国連を軽視した武力侵攻を実行したのは事実である。
この戦争がバグダッドの陥落という形でいったん収束したものの、実際には戦争は第二段階に入っており混沌とした状況が続いている。

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日曜日, 4月 18, 2004

ニコラスの『マッチスティック・メン』

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Random House社が初版の刊行スケジュールを決定する以前に既に映画化が検討されていた小説『マッチスティック・メン』(エリック・ガルシア著)は、「アダプテーション」で二度目のアカデミー賞最優秀主演男優賞にノミネートされたニコラス・ケイジが主演した最新作で、既にビデオレンタルがされている。
リドリー・スコット監督による同作品の中で、彼は病的な潔癖性を抱えた詐欺師の心理的な変化を見事に演じきっているので、是非ニコラスファン以外の人にもお勧めしたい。
病的なところが一瞬破滅的な『リービング・ラスベガス』の展開を連想させるが、実際には60秒でいかなる車でも盗み出すといわれる伝説のエキスパートを演じた『60セカンズ』のように、テンポの速い展開を見せ、最後のクライマックスまで目を離せない。

疑うことを知らない善良な人々を騙す詐欺稼業を相棒フランクと営むロイは、“詐欺のアーティスト”としての自負をもっているが、「病的な潔癖症」という悩ましい問題を抱えていた。広場恐怖症の上に、自宅の食器やオフィスの電話を毎日除菌せずにいられず、下着や靴下も完璧な正確さで、棚の中に整理されてないと気がすまない。ドアはなぜか3回ずつ開閉させないと開けられない。やむなく精神分析医に助けを求めるが、潔癖症の原因を精神分析医と探るうちに、ロイは自分に、別れた前妻との間に生まれた娘がいるかもしれないことに思い当たり、ついに娘との再会を果たした。それは彼の中に変化が起こる素晴らしいきっかけだった・・・・

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泳ぐには早すぎる・・・

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そう言えば海の近くに住んでいるんだった!

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金曜日, 4月 16, 2004

出版ビジネス革命を歓迎する

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時事ニュースをノートパソコン上でブロードバンド再生したり、携帯でテレビ番組を見たり、オンラインショッピングした書籍をコンビニで受け取ったり(もちろん宅配はあるが)と、果たしてこれが本当に便利になったといえるのか、これから更に便利になるのかは一瞬判らなくなるときもあるが、とにかく自宅から半径500m以内で自分の望む全てのことが実現し、全てのものが手に入る時代になった。
大都会で過ごした人生の大半においては、こうした時代の変化をそれほど実感しなかったが、夜の7時に全ての商店が閉まり、駅にはタクシーが止まっておらず、星のない夜は自分の家がどこにあるか判らない田舎に引っ越してからは、一つ一つの環境変化に驚喜するようになった。
そんな田舎でも今では、雨後の竹の子のように増えた近隣のコンビニで保険料の支払を済ませているし、コンビニだけでなく大型スーパーの食品売り場が24時間営業となった。利便性を考えれば通勤で帰ってきた駅から一軒も開いている店舗がなく、公共料金の支払や日常のことが何もできない環境は不便きわまりなく、実現してみるとむしろ今の環境が当然で、なぜ今まで実現しなかったのかと思いたくなる。もちろん自転車とラジオと郵便局とよろず屋があって、テレビと電話がない時代のときも生活は十分楽しかったけど。
利便性に対応することによるビジネスチャンスは限りなく大きい。
定価販売の出版業界にもブックオフのように古本分野ではあるが、ユーザーニーズに十分対応した価格破壊型の企業が登場している。私自身も決して同じ買い方をするわけではなく、見て買う、検索して買う、ユーズドブックで買う、というように多様化している。
デジカメの登場で写した写真をすぐ確認でき、褪せることなく記録保存でき、雨の日でも傘を差して写真屋に行かずとも好きなときにプリントできるように、『活字』もデジタル媒体で投稿、再生できるのが当たり前の時代になったのかもしれない。そしてウェブログはまさに、こうしたニーズに対応したツールだともいえる。
ウェブログのコンテンツを改めて本にするかどうかは今後の選択肢の一つにはなるかも知れないが、双方向のコミュニケーションツールと考えていた方が自然である。

4月5日から、メールマガジンを運営しているまぐまぐは、著者の書いた原稿を書店の店頭で印刷して販売するオンデマンド出版「まぐまぐ文庫」を、野村総合研究所、コニカミノルタビジネスソリューションズと共同でスタートした。これは、まぐまぐが著者から原稿データを受け取って書店に送信し、書店は専用の印刷製本機で印刷・製本して販売するというもの。・・・(中略)・・・
私は、こうした環境の下で、出版業界が「供給者の論理」に身も心もドップリと漬かってしまい、読者である「消費者の論理」を忘れつつあるとするならば、結果的に現在の出版ビジネスが衰退していくことは自明の理であるということだけは申し上げておきたい。木村剛ログ
 と木村剛氏はいう。

数百頁の書籍をしっかりと読みこむ時代すら過去のものになるような気がするが、今のうちにまぐまぐで室井佑月に負けない小説を書いて電子出版することにしよう!!


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水曜日, 4月 14, 2004

塀の上を歩く人

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植草一秀氏が逮捕されたとのニュースを乗せたブログを見て、エープリルフールは終わったのにと思って気にもとめなかったら、数時間後今度は本物のネットニュースで報道されていた。にわかには信じられなかったけど記事になってみると、今度はどうしてそんなことをしたのだろうかとか、でも初めてではないだろうなあと思いを巡らし始めた。
順風満帆の人生を送っているスーパーエリートのイメージ、でもどこかひ弱な危うい感じがつきまとっていた。
人は誰でもある意味で二人の自分がいるのかも知れない。表の自分が裏の自分を支えたり、ひっぱたりして塀の上から向こう側に落ちないように気をつけている。
でもちょっと気を抜いて油断をした隙に、あっという間に塀の向こうに落ちてしまうことがある。
《彼が捕まったというニュースを訊き、あたしはただただ悲しかった。仕事の関係者から意見を訊かれ、「あたしでよければ、いくらでも見せてあげたのに」 と答えたのは正直な気持ちだ。》  室井佑月ブログ
捕まった植草氏もホントなら、助け船を出してくれた植草氏もホント。
ある日東京地裁で、麻薬の常習累犯者の公判を傍聴したときに、必死にもがきながら奈落のそこに落ちていく被告人の人生をかいま見て、確かに人には常に心の中に二人の自分がいるなあと痛感した。犯罪行為に対する制裁は誰がなんと言おうが受けなければならないし、法的にも社会的にも当然厳しく処断される。それが当然の報いである。しかし、そこに至る過程には、必然性が必ずあり、それはある意味のドラマかもしれない。地獄に落ちていくドラマには違いないけど、彼がそこから這い上がって復活する日はいつか来るのだろうか。

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月曜日, 4月 12, 2004

戦争犯罪を裁く PART Ⅱ

フセインの正義、アメリカの正義については当然議論する必要があるが、戦争終結後における戦争裁判の問題について少し触れてみたい。
フセインが2003年12月に逮捕されたが、新聞記事によると同氏は、統治評議会が設置した特別法廷か国際法廷のいずれかにおいて「人道に対する罪」「大量虐殺の罪」という立証可能な罪により裁かれる見込とされている。
その罪の内容は、①5万人から10万人の反体制クルド人殺害の指示 ②3万から6万人のシーア派系住民の殺害の指示 ③イラン・イラク戦争での化学兵器使用 ④クウェート侵攻の指揮 などになるとしている。
このような戦争犯罪に関して歴史を振り返ってみる。

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日曜日, 4月 11, 2004

アルジャジーラはどう報道する?

Japan's plea: Don't kill the hostages By Amal Hamdan Saturday 10 April 2004, 12:42 Makka Time, 9:42 GMT
アルジャジーラはその英語版ホームページでイラクの日本人人質事件を克明に報道している。『日本の人々は、3人の日本人を捕らえたイラクのグループへの心からの嘆願を行なっている。人質を殺さないでくださいと。・・・日本のメッセージは、人質達が人道主義の目的のためにイラクにいて、米国のイラク攻撃と日本の軍隊のイラク駐留に強く反対したことを指摘した。』
また人質3人の経歴についても触れている。


<人質の背景>
Imai(18)は先月高校を卒業しました。彼は、劣化ウラニウム弾を廃止するキャンペーンのメンバーで、イラクの子供に対する劣化ウラニウム弾の影響を検討するために4月1日にイラクへ旅行しました。 Imaiは、劣化ウラニウム弾の犠牲者の話をドキュメント化する本を書くことを計画していました。Imai氏は、多くの無罪のイラクの子供が癌等に苦しんでいたという事実によって深く悲しませられましたとファックスの中で書いています。

さらに、Takato(34)は人道支援活動を行う平和運動の活動家です。米国および英国の戦車がバグダッドに入った後の2003年4月に、彼女はイラクへ最初の旅行をした。 彼女は空腹のストリートチルドレンおよび薬物中毒者等を助けて、数か月をそこに過ごしました。 Takatoは、さらに、病院へ食物を配達し、学校へは鉛筆およびノートを届け、学校の再建を助けました。これはイラクへの彼女の3回目の旅行でした。

Koriyama(32)はフリーランス・フォトジャーナリストです。昨年の5月に、Koriyamaは、陥落後のバグダッドの写真を朝日新聞社発行の週刊朝日の紙面に提供しました。


日本や日本の事件などが諸外国でどのように報道されているかを、自分から求めて客観的に知ろうとする機会は意外と少ない。しかし今や求めれば限りなく豊富な情報が得られることに気づく。そして今回の人質事件も日本からの人質3人に関する様々なメディアを通じた情報提供が奏功した形で収束していく模様である。
空間と時間を超えたコミュニケーションが可能になったからこそ、3人がイラク国民にとってどのような存在かを気づかせることができたといえる。


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土曜日, 4月 10, 2004

フィオリーナのHPウェイ(2)

《前回のあらすじ》

1954年テキサス生まれのHPカンパニー会長兼CEOカーリー・フィオリーナは、マーケティング戦略に軸足をおいた積極的な社内改革を実行するが、同社が慣れ親しんだHPウェイと大きく衝突し、またコンパックとの合併に関わる創業一族との委任状争奪戦においても世間を騒がせた。いつの間にか時代に取り残されNO.1製品がなくなり、保守的な融通の利かない体質に変わり果てた会社とその従業員は、外部の強力なリーダーシップをもった経営者を求め、『何かをやってくれる』ことを期待した。フィオリーナは成績連動型の報酬体系を導入し、また売上高目標も二桁の高い目標を掲げ、自分も社員に対しても飽くなきチャレンジを要求したが、このことが押し込み販売や回収不能債権の増加をもたらし、また社内での求心力にも影響を与えた。

コンパックとの合併を巡る株主投票においてヒューレットはフィオリーナに宣戦布告した。フィオリーナに反対しているのではなく合併に反対しているのだと主張するが。そして熾烈な中傷合戦がはじまった。ビジネス業界とは無縁の文化的な環境で多くを過ごしてきたヒューレットも否応なく嵐の中に飛び込まざるをえなかった。しかし『学者で音楽家』のヒューレットは合併を粉砕した後のプランを明確にもっていなかった。ヒューレットは道徳的に勝利し、フィオリーナは戦いに勝利した。これは唐突ではあるがある意味で天下分け目の関ヶ原の合戦にも似ている。株主投票に続く訴訟にもフィオリーナは勝利した。しかし一方で社員は深く傷ついていたのも事実である。 合併の正否はまだ判断できないが、事態は急速に沈静化し、社員と会社を見つめる多くの者がフィオリーナを許し前に向き始めた。フィオリーナもこの戦いを通じて多くを学びCEOとして大きく成長したといえる。 少なくとも企業統治への配慮をもった誠実な企業としてのHPの姿が、デラウェア衡平法裁判所の法廷にあったかは明かである。市場に生き残り勝者となる戦いをするときに、倫理的な企業文化や理念を保持し続けられるかは、ひとえに経営者の双肩にかかっているといえるだろう。経営者のベクトルが逆の方向を向いているなら企業は長期戦には耐えられない可能性が強くなる。 長い歴史はあるが、一方で経営不振にあえぐわが国の多くの企業においても、顧客に提供している製品やサービスに関わる様々なトラブルなどに遭遇した際に、リスク回避の視点がずれているために更に大きな陥穽に陥り、その結果として会社存亡の危機に直面している事例を多く見る。 IBMのサミュエル・パルミザーノ会長の『これからの企業戦略はトップ一人で描ききれるものではない。社員一人一人の視線を合わせ、自分のもつ知恵を誰にでも主張できる企業文化を創り出せるかが、経営者にとって最大の課題だ』(ピーター・バローズ著「HP CLASH」 解説「戦略フォーカスを迫られるHP経営の現状」デジタル産業研究所主幹 古谷隆一 より引用)との発言はこれを裏付ける至言である。

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フィオリーナのHPウェイ(1)

カーリー・フィオリーナは1954年テキサス生まれのHPカンパニー会長兼CEOで1980年にAT&T社に入社。1998年にはルーセント・テクノロジー社グローバル・サービス・プロバイダ・ビジネスの社長に就任している。その後1999年にヒューレット・パッカード カンパニーに入社し、社長兼CEO(最高経営責任者)に就任 した。2000年にはヒューレット・パッカードカンパニー会長兼社長兼CEOに就任 し現在に至っている。
マーケティング戦略に軸足をおいた積極的な社内改革を実行するが、同社が慣れ親しんだHPウェイと大きく衝突し、またコンパックとの合併に関わる創業一族との委任状争奪戦においても世間を騒がせたのは記憶に新しい。このようにコンピューター業界においては熾烈な生き残り戦争の中で、長い年月の間培ってきた企業文化自体をも否定せざるを得ないほどの大きな波がたえず押し寄せている。
かつてのデジタルイクイップメントがコンパックに飲み込まれ、コンパックがHPに飲み込まれ消えていった。そういえば身近な事例では日本市場においてゲートウェイがいつの間にか撤退している。そして今でも多くの熱狂的なファンのいるアップルコンピューターは、HPと同じようにガレージから生まれた我々をわくわくさせるような、実に魅力的な企業であった。その製品とOSは人々を魅了した。ゼロックスのパロアルト研究所にその起源をたどることのできるMACOSやハイパーテキストはとても画期的であった。しかしマイクロソフトのウィンドウズやIBMなどの大手コンピュータメーカーの前には小舟のように波に翻弄され続けた。そしてスティーブ・ジョッブスも経営手腕を疑問視され一旦は解任された。その後アメリオなど異業種出身のCEOがある意味で企業文化も破壊しながら、復活を期したが成功しなかった。そして再びジョッブスの登場で生き返った。
我が家にはマッキントッシュとパワーブックが今でもあるが、もちろん現役なのはウィンドウズXPのインストールされたThinkpadやLet'sNoteである。しかしアップル製品は絶対捨てたくないと考えている。何故なら今でもわくわくさせる魔法の箱のように感じるからである。Newtonは、今でこそメジャーとなったスタイラス付きのPDAの先鞭をつけた製品であったが、それこそ10年早かったのかもしれない。当時アメリカの販売店に注文したが結局入手できなかった。
これと同様にHPのハンドヘルドコンピュータの100LXも魅力的であった。ニフティフォーラムなどから情報を得て日本語化をして、ポケットに入れて持ち歩いていた。最近縦型PDAを販売しているメーカーが並行して横型の簡易キーボード付きのPDAを新製品として売り出しているが、 考えてみれば100LX、200LXは今の機能の大半を当時から備えていたと言える。なかった機能はカラーでない点位である。
話を戻すと、生き残る企業が必ずしも魅力的な企業とは言えないというのがコンピュータ業界のような気がする。いや他業種でも当てはまることかも知れない。いつの間にか時代に取り残されNO.1製品がなくなり、保守的な融通の利かない体質に変わり果てた会社とその従業員は、確かに外部の強力なリーダーシップをもった経営者を求め、『何かをやってくれる』ことを期待したのである。ピーター・バローズ著の『HPCLASH』には、こんな表現がある。『会社は役立たずを大量に保護していた。・・・シリコンバレーにこんなジョークがある。「主人は退職者です。HPに勤めていますから」』・・・と。フィオリーナは成績連動型の報酬体系をまず導入し、また売上高目標も二桁の高い目標を掲げ、自分も社員に対しても飽くなきチャレンジを要求した。しかしこのことが押し込み販売や回収不能債権の増加をもたらしたようである。このことはフィオリーナが直接指示したものではないにしても、トップの姿勢がそうした環境を作り出したといっても良いのではないだろうか。そうした意味では既にルーセントテクノロジー時代にその萌芽はあったと言える。ぬるま湯の家族主義のHPウェイからの脱出は必須であったかもしれないが、その対局にある成果万能主義も結局のところ採算を度外視した見かけだけの改革であったという見方もある。2000年には人員整理、経費削減(携帯電話の使用や飛行機出張の禁止など)を立て続けに実施し、打つべき手を打ち尽くしたとも言える状況になるのである。(続く)

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水曜日, 4月 07, 2004

水10室井佑月の「転職地獄」

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『ミス栃木、モデル、女優、レースクイーン、銀座のクラブホステスなどを経て』という目もくらむような華々しい経歴の真実の姿が水10で明るみに。見れなかった方にそのまま再現すると、OL面接で5カ国語がしゃべれると(実際には英語がしゃべれると)いって採用されるが、英語もしゃべれずにクビ。女優になるがせりふがうまくしゃべれずにクビ。レースクイーンになるが彼氏といちゃついていてクビ。ホステスになるが睡眠不足で眠ったままお酒を注いでクビ。・・・でした。室井さんの人間味があふれた姿に改めて惚れ直しました。作家の次はあるのでしょうか。ありそうですね。

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月曜日, 4月 05, 2004

小説家への坂道

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硬派の話題休んでティーブレイク。
『室井佑月ブログ』を見ていて、小説もどきを書いたことのある自分の高校時代~大学時代が一瞬頭をよぎる。ある番組で佑月さんが、最初は作家の小説を書き写して文章・文体を必死で覚えたと言っていたのが印象的。そうだったのか、あのときそれをしていれば自分もきっと3ページよりは先に進んだはずだ。そして今頃人気作家だったかもしれない・・・。
それにしても室井さんをはじめ小説家然としていない格好良い小説家がとても多くなってきたように感じるけど、これってずいぶん前からだろうか?ミス栃木!、モデル、女優、レースクイーン、銀座のクラブホステスなどを経て、文芸の編集者の方々に「室井はタレントになったんだよな」とか嫌味をいわれる子連れママ作家ってスゴイなあ。
まあ歳は関係ないと言い聞かせて、好き勝手に書いてみるかと一瞬。でもある意味の必死さ(例えば銀座から帰ってきて吐きながら朝まで小説を書く気迫・・)がないとやっぱり書けないような気がする。

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日曜日, 4月 04, 2004

法手続きから見た「週刊文春」出版禁止仮処分

プライバシー侵害の社会的問題としての側面でなく、法手続きとしての側面からのショートコメント。最新記事内容は次の通り。(解説の必要性から敢えて引用を多用する。『』内が引用部分)
◆『田中真紀子前外相の長女の私生活に関する記事を掲載した「週刊文春」(文芸春秋発行)の出版禁止仮処分を取り消した東京高裁決定について、長女側は3日「最高裁に特別抗告許可抗告をしない」と明らかにした。抗告期限の5日いっぱいで高裁決定が確定する。』(共同通信)[Yahoo News 4月3日23時23分更新]◆
民事訴訟法では裁判所の判決や決定に対する不服申立ての制度として「上訴」制度を設けているが、このうち民事保全法23条に定められた「仮処分」命令等に対する不服の場合は「控訴」でなく「抗告」と呼ばれる。地裁の下した命令に対する不服は「抗告」として高等裁判所に上げられる。これが以下の記事内容の表現となる。
『田中真紀子前外相の長女の私生活に関する記事を掲載した「週刊文春」(文芸春秋発行)の出版禁止仮処分をめぐる保全抗告審で、東京高裁は31日、仮処分を妥当とした東京地裁決定を取り消し、長女側の仮処分申請を却下する決定をした。出版禁止命令は効力を失った。(共同通信)[Yahoo News 3月31日23時43分更新]』
最高裁に対する抗告としては「特別抗告」と「許可抗告」がある。「特別抗告」は高裁の決定に対して憲法違反を理由として最高裁判所に対してなされるもので、裁判の告知を受けた日から五日の不変期間内にしなければならない。「許可抗告」は判例違反など法令解釈の違反を理由とするもので、高等裁判所が自らの決定・命令について抗告を許可した場合に限って許されるもの。
仮処分申請却下の理由として『高裁の根本真裁判長は「表現の自由は憲法上、最も尊重されなければならない権利」と強調するも記事内容について「出版の事前差し止めを認めるほど重大で著しく回復困難な損害を被らせる恐れがあるとまでは言えない」と述べた。(共同通信)[Yahoo News3月31日23時43分更新]』
これに対して、『長女側代理人の森田貴英弁護士は「文芸春秋に在庫販売はしないことを確認しており、仮処分の裁判を継続する必要性と実益が存在しない。近日中に事後的な差し止めや謝罪、損害賠償などを請求する本訴を起こし、司法の判断を仰ぎたい」とするコメントを発表した。(毎日新聞)[Yahoo News4月4日0時58分更新]』
犯罪としての名誉・信用に対する罪としては刑法230条以下に「名誉毀損罪」等の定めがある。名誉毀損の行為であっても「公共の利害」に関する事実に係り、かつその目的が専ら「公益」を図ることにあったと認める場合には、「真実の証明」があったときには、これを罰しないとしている。これに関連してプライバシー侵害の点について地方裁判所は、文芸春秋側が「長女が将来政治を志す可能性がある」と記事の公共性を訴えたのに対して、決定において「単なる憶測による抽象的可能性では、公共性の根拠とすることはできない」と退けているのである。
事前差止としての予防的な仮処分に関する特別抗告手続を継続する実益は既にないが、被害結果としての名誉毀損に対する民事上の損害賠償訴訟や刑事訴訟の実益(法益)はあるから毎日新聞記事中の本訴(訴訟手続)の可能性を示唆しているのである。


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金曜日, 4月 02, 2004

佃島水路

suiro
佃島の石川島灯台近くの水路風景。(住吉神社裏手)
正保元年(1644年)に佃島は築かれた。住吉神社は2年後に摂州の氏神・住吉神社を分社したもの。
近くに佃煮屋が軒を並べている。

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桜満開 佃島

tukuda


佃島の桜遠景
機種名:FinePix4900Z 撮影日時 2004/04/01 12:06 Tv(シャッター速度) 0.001822 Av(絞り数値) 7.0 ISO感度 200
晴天の4月1日昼、ほぼ満開の桜であふれる佃島の公園ではガイドブックをもった年配の女性や休憩時間に訪れたサラリーマンの姿が多く見られた。下町風情のある周辺も散策には魅力的。お早めに。

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